アジア布通信

月1回お送りしている、アジアの布をテーマにしたメールマガジン”アジア布通信”を
再編集したページです

灰汁の効用アジア布通信 第23号より

さて、今回の布通信は、ちょっと視点を変えて、
染織のなかでも、縁の下の力持ち的役割を果たしている、
”灰汁(あく)”について取り上げてみたいと思います。

灰汁

 ”灰汁”とは、草木を焼いた灰に熱湯をそそぎ、
1〜3日置いたものの上澄み液のことです。
炭酸カリウムが主成分の、強アルカリ性の液で、
金属を溶かすことさえあります。
見かけは、トロリとした金茶色で、
さわるとヌルヌルした感触です。

 ”灰汁”を使う染めのなかで、代表的なものといえば、 なんといっても、「藍染め」ですね。
藍の染料である「すくも」の青色色素インジゴは、水には溶けませんが、
アルカリ性の液には溶ける性質があります。
それで、灰汁によってまずインジゴを抽出し、
発酵させて布に染まるような物質(ロイコ化合物)に変化させます。
液に漬けた布を、空気中で酸化させると、
ロイコ化合物は再びインジゴに戻り、ブルーに発色します。

「紅花染め」でも、同じように”灰汁”のアルカリの力を借ります。
紅花の色素には、黄色色素と、赤色色素があり、 黄色は水に溶けますが、
赤色はアルカリでしか溶けません。
そのため、まず水によくさらして、黄色色素を取り除き、
その後、”灰汁”につけて、赤色色素を抽出します。
そして、それをさらに酸(梅酢など)で中和してから、 紅色を染めます。

ほとんど、科学実験のような工程ですね。
科学の知識なんてない時代に、一体誰がこんなやり方を考え出したのか、
本当に不思議ですね。

 また、”灰汁”は色素を定着させるための、
媒染剤としても、利用されます。
これは、椿やひさかきなどの、
枝葉にアルミニュウムを含む木灰を使うことによって、
天然のアルミ媒染の効果をだすものです。

 その他の灰汁の重要な役目としては、布や糸の「精練」があります。
「精錬」とは、繊維に色を定着しやすくするための、 下準備のことです。
今ではほとんどが、ソーダ灰などの化学薬品によって行われていますが、
昔は、”灰汁”が使われていました。

繭から採ったばかりの絹糸には、 セリシンという成分が付着していて、
そのままでは、ゴワゴワしています。
それを取って、絹特有のしなやかな糸にするために、
”灰汁”の中で糸を煮る、「灰汁練り」という作業をしました。

また、芭蕉、フジ、シナなどの草木からとる繊維も、
糸にする前に、”灰汁”で煮ます。
これによって、外皮や、木質部などの不純物を取り除き、
きれいな繊維のみを取り出すのです。

これらは、灰汁のもつ洗浄、漂白作用を利用したものです。
日本でも、明治以降、本格的に庶民に石ケンが普及するまで、
”灰汁”が石ケンのかわりに使われていたそうです。

 もともと、石ケンをあらわす[Soap]という言葉は、
ローマ時代の聖地「サポーの丘」に由来していて、
ここでは、神へのいけにえとして羊を焼いてささげる習慣がありました。
その滴り落ちた油と灰が雨に流され、混ざり合い、
自然の石ケンとなって堆積したものを、
汚れがよく落ちる奇跡の土として、 珍重したのが始まりだといわれています。

 わたしも、先日、”灰汁”について小さな発見がありました。
季節柄、茶系の色目が欲しかったんですが、
あいにく、染料が全部切れてる…
そこで、うちの周りを見渡したところ、
いつか、染材に使おうと思って植えておいた「車輪梅」の木を発見。
これは、泥染めの大島紬の こげ茶を染めるので有名な木です。

ところが、もともと温暖な地域の木のせいか、
雪のふる北陸では、さっぱり大きくなっていないのです。
普通、染めには幹材を使うのですが、
か細い小枝だけでは、とても間に合いそうにありません。

困り果てて、資料をひっくり返していたところ、
”灰汁”で煮れば、緑葉でも染料が取れるという記述を見つけました。
ホンマかいなと思いつつ、 緑葉と”灰汁”を鍋にいれ、火にかけてみました。
しばらくして、ふたを開けてみると、あらびっくり!
見事に、あの大島紬そのままのこげ茶の液になっていたのです。
うーん”灰汁”のパワー恐るべし! 

 染織以外でも、陶器の釉薬、紙作り、
コンニャクの凝固剤、栃の実や山菜の灰汁抜きなど、
”灰汁”は生活のすみずみで利用されていました。
また、灰を畑にまけば、害虫が寄り付かず、 土壌の改良にもなります。
かつては、かまどや囲炉裏などで、日常的に灰が生み出されていたため、
今よりも、ずっと身近なものだったんでしょうね。

うちもここ数年、寒い時期には、火鉢に炭をたいているのですが、
一冬だけでも、ずいぶんたくさんの灰ができます。
石油暖房に比べると、たしかに頼りない暖かさですが、
赤々と燃える火の色は、とても、豊かな気分になります。
そうしてできた灰を、まったく無駄にせず、
生活の中に100%活かしていた昔の人の生活から、
学ぶところは大きいですね。

2001/11/1 azusa@studio-tao