月1回お送りしている、アジアの布をテーマにしたメールマガジン”アジア布通信”を
再編集したページです
アジア布通信 第23号より
さて、今回の布通信は、ちょっと視点を変えて、
染織のなかでも、縁の下の力持ち的役割を果たしている、
”灰汁(あく)”について取り上げてみたいと思います。

◆ ”灰汁”とは、草木を焼いた灰に熱湯をそそぎ、
1〜3日置いたものの上澄み液のことです。
炭酸カリウムが主成分の、強アルカリ性の液で、
金属を溶かすことさえあります。
見かけは、トロリとした金茶色で、
さわるとヌルヌルした感触です。
◆ ”灰汁”を使う染めのなかで、代表的なものといえば、 なんといっても、「藍染め」ですね。
藍の染料である「すくも」の青色色素インジゴは、水には溶けませんが、
アルカリ性の液には溶ける性質があります。
それで、灰汁によってまずインジゴを抽出し、
発酵させて布に染まるような物質(ロイコ化合物)に変化させます。
液に漬けた布を、空気中で酸化させると、
ロイコ化合物は再びインジゴに戻り、ブルーに発色します。
「紅花染め」でも、同じように”灰汁”のアルカリの力を借ります。
紅花の色素には、黄色色素と、赤色色素があり、 黄色は水に溶けますが、
赤色はアルカリでしか溶けません。
そのため、まず水によくさらして、黄色色素を取り除き、
その後、”灰汁”につけて、赤色色素を抽出します。
そして、それをさらに酸(梅酢など)で中和してから、 紅色を染めます。
ほとんど、科学実験のような工程ですね。
科学の知識なんてない時代に、一体誰がこんなやり方を考え出したのか、
本当に不思議ですね。
◆ また、”灰汁”は色素を定着させるための、
媒染剤としても、利用されます。
これは、椿やひさかきなどの、
枝葉にアルミニュウムを含む木灰を使うことによって、
天然のアルミ媒染の効果をだすものです。
◆ その他の灰汁の重要な役目としては、布や糸の「精練」があります。
「精錬」とは、繊維に色を定着しやすくするための、 下準備のことです。
今ではほとんどが、ソーダ灰などの化学薬品によって行われていますが、
昔は、”灰汁”が使われていました。
繭から採ったばかりの絹糸には、 セリシンという成分が付着していて、
そのままでは、ゴワゴワしています。
それを取って、絹特有のしなやかな糸にするために、
”灰汁”の中で糸を煮る、「灰汁練り」という作業をしました。
また、芭蕉、フジ、シナなどの草木からとる繊維も、
糸にする前に、”灰汁”で煮ます。
これによって、外皮や、木質部などの不純物を取り除き、
きれいな繊維のみを取り出すのです。
これらは、灰汁のもつ洗浄、漂白作用を利用したものです。
日本でも、明治以降、本格的に庶民に石ケンが普及するまで、
”灰汁”が石ケンのかわりに使われていたそうです。
◆ もともと、石ケンをあらわす[Soap]という言葉は、
ローマ時代の聖地「サポーの丘」に由来していて、
ここでは、神へのいけにえとして羊を焼いてささげる習慣がありました。
その滴り落ちた油と灰が雨に流され、混ざり合い、
自然の石ケンとなって堆積したものを、
汚れがよく落ちる奇跡の土として、 珍重したのが始まりだといわれています。
◆ わたしも、先日、”灰汁”について小さな発見がありました。
季節柄、茶系の色目が欲しかったんですが、
あいにく、染料が全部切れてる…
そこで、うちの周りを見渡したところ、
いつか、染材に使おうと思って植えておいた「車輪梅」の木を発見。
これは、泥染めの大島紬の こげ茶を染めるので有名な木です。
ところが、もともと温暖な地域の木のせいか、
雪のふる北陸では、さっぱり大きくなっていないのです。
普通、染めには幹材を使うのですが、
か細い小枝だけでは、とても間に合いそうにありません。
困り果てて、資料をひっくり返していたところ、
”灰汁”で煮れば、緑葉でも染料が取れるという記述を見つけました。
ホンマかいなと思いつつ、 緑葉と”灰汁”を鍋にいれ、火にかけてみました。
しばらくして、ふたを開けてみると、あらびっくり!
見事に、あの大島紬そのままのこげ茶の液になっていたのです。
うーん”灰汁”のパワー恐るべし!
◆ 染織以外でも、陶器の釉薬、紙作り、
コンニャクの凝固剤、栃の実や山菜の灰汁抜きなど、
”灰汁”は生活のすみずみで利用されていました。
また、灰を畑にまけば、害虫が寄り付かず、 土壌の改良にもなります。
かつては、かまどや囲炉裏などで、日常的に灰が生み出されていたため、
今よりも、ずっと身近なものだったんでしょうね。
うちもここ数年、寒い時期には、火鉢に炭をたいているのですが、
一冬だけでも、ずいぶんたくさんの灰ができます。
石油暖房に比べると、たしかに頼りない暖かさですが、
赤々と燃える火の色は、とても、豊かな気分になります。
そうしてできた灰を、まったく無駄にせず、
生活の中に100%活かしていた昔の人の生活から、
学ぶところは大きいですね。
2001/11/1 azusa@studio-tao