月1回お送りしている、アジアの布をテーマにしたメールマガジン”アジア布通信”を
再編集したページです
アジア布通信 第24号
■2002年沖縄への旅で、以前からぜひ行ってみたかった、
喜如嘉の芭蕉布会館を訪ねました。
本島では、那覇の”沖縄ゲストハウス”という
ほとんどアジアのゲストハウスそのものの宿に泊まっていました。
喜如嘉のある沖縄北部の「山原」(やんばる)と呼ばれる地方は、
那覇から車で2時間半ほどかかるため、 レンタカーで出かけることにしました。
■那覇から沖縄自動車道に乗り、
終点の名護市まで、約60km。
名護からさらに、国道58号を北上すること1時間半。
ようやく、大宜味村 喜如嘉に到着します。
「山原」に近づくにつれ、だんだん草木の緑が
深く濃くなっていくのがわかります。

喜如嘉の部落に入ると、那覇では珍しかった、
赤瓦の沖縄の昔ながらの民家が
ちらほらと目につきます。
そういった家のまわりには、必ずといっていいほど、
芭蕉布の原料である「糸芭蕉」の木が植えられ、
さらにその周りを黄色の染料にもなる「福木」の生垣が囲んでいます。
今でも、染めと織りが生活の一部として自然に溶け込んでいるようで、
なんとも、風情があります。
芭蕉布会館エントランス

■芭蕉布会館は、喜如嘉の村役場の前の道を
少し入ったところにあります。
一階は、芭蕉布とアジアの草木布の資料館と
製品のショップ、
二階は工房になっています。
喜如嘉の芭蕉布は、
戦争によってその伝統が途絶えかけていたのを、
平良敏子さんという喜如嘉出身の女性が復興して、
今にいたっています。
黄金の糸にもたとえられる芭蕉の金茶の地に
絣で文様を織り出した、
素朴でありながら気品のある布です。

■それから、絣糸を染色する作業に入ります。
芭蕉布の染色に使われる色は、琉球藍の紺と、テーチ木(車輪梅)の茶のみ。
それは、最終段階で織りあがった布を柔らかくするのに灰汁で煮るため、
他の染料では落ちてしまうからだそうです。
琉球藍は、沖縄中部の本部町伊豆味というところで製造されている泥藍を、
水あめ、泡盛、灰汁で建てます。
テーチ木は大鍋で木片を一昼夜炊き、鉄媒染で染めます。
■染色が済むとようやく織りの作業になります。
絣糸をずらしながら、模様を織り出していきます。
伝統的な絣の文様にはそれぞれ名前がついています。
小さい鳥という意味の「トゥイグワ」、
眉毛という意味の「マイビチ」、
あきるほど織ったという意味の「アキファテ」という
ユーモラスな名前もあります。
■織り上がった布は、再び灰汁で煮た後、
「ゆなじ」という、おかゆと米ぬかを発酵させた液につけ、アルカリを中和させます。
最終的に湯のみ茶碗でこすって布面を整えて、ようやく、一枚の芭蕉布が完成します。
ここまで、約5〜6ヶ月.大変な手間と労力です。
■これだけの、仕事を数十年も続けられ、
後継者を育ててこられた、平良さんにぜひお会いしたいものだと思っていました。
ところが、工房を見学しに二階にあがり中に入ったとたん、
目の前で平良さんが、ちんまり座って 苧積みをしていらっしゃるのにぶつかり、
「おっとー」と不意をつかれてしまいました。
しかし、作業中の工房内は、機と糸車の音しか聞こえない、 ピンと張り詰めた空気で、
とても、声をかけられる雰囲気ではありません。
まあお姿を拝見しただけでもいいかーと一階に降り、 作品集など買い求めていたところ、
ちょうど3時になり、工房の休憩タイムに。
これはチャンス!と再び工房内に突入。
休憩中に乱入したわたしへの、 皆さんの”なんじゃこいつ?”という視線にたえつつ、
平良さんに本にサインをいただいてしまいました。(ミーハー^^:)
ついでにずうずうしく、握手を求めると、
「手がきたないけど…」とおっしゃいながらも、
快く握手してくださいました。
その手は、藍の青で染まって、小さくてひんやりと静かな手でした。
その後、なんと平良さんご自身に染め場を案内していただき、
大感激の一日でした♪