アジア布通信

月1回お送りしている、アジアの布をテーマにしたメールマガジン”アジア布通信”を
再編集したページです

(バリ島インドネシア)
  アジア布通信 第25号から


バリを代表する布といえば、なんと言っても
世界でも希少なダブルイカット(経緯絣)”グリンシン”でしょう。
その産地であるトゥガナン村を訪れるのは
バリの旅の目的の一つでした。

トゥガナン村は、バリ島東部にあり、
バリ島の玄関口デンバサールからは約50km。
村には宿泊施設はないので、
一泊する場合は、最も近いビーチである
チャンディダサに泊まることになります。

チャンディダサからトゥガナンまでは車で10分程度。
きれいに舗装された道がジャングルのなかに続いていて、
非常にアクセスは楽です。
道が行き止まりになっているところにパーキングがあり、
山と山に挟まれた斜面に、階段状に村が広がっています。


トゥガナン風景

この村は、ヒンズー教がバリに入る前の
原バリ人「バリ.アガ」の村の一つで、
その独特な風習が今でも残っていることで有名です。

しかし、神聖な雰囲気を予想していくと、
それは見事に裏切られます。
一歩村内に入った通りには、
軒並み英語や日本語のウェルカムボードがかけられ、 まるでお土産店街のよう。 
お店の中にかかっている布は90%がスンバなど外の島のイカットで、
グリンシンはほんの十数枚程度しかありません。
柄もどこも同じような柄が多いようです。
ただ、お店の人はみんな英語ができるので、いろいろ聞くには不自由しません。
何軒かのお店では実際に織りをしているところも見れます。


織り作業

グリンシンの織り機は、大小の丸棒と
それを固定する木枠を組み合わせただけの、最も原始的なものです。
棒の端に結んだ紐を腰にかけ、縦糸の張りを調節します。

また、絣の柄がずれるのを防ぐため、
鳥の骨の先っぽを尖らせた針で糸をすくい、
マッチ棒くらいの棒で経糸を止めながら織り進みます。

木枠の先端に、やしの小皿に入った神様へのおそなえを
のせながら織っているのが、
いかにもバリらしい風景です。

■ 近年、グリンシンの価格は急騰しているらしく、
こちらのガイドブックなどには、 ”グリンシンを買おうと思うなら、トゥガナンは最悪の選択だ”
なんていうシビアな意見も載っていました。

大体の協定価格があるらしく、 幅20cmほどの細いタイプのグリンシンで、
言い値が1,500,000〜2,000,000ルピアというところ。
日本円にして約2万5千円前後ですが、
こちらの物価水準からすれば、想像を絶する金額です。

しかし、高いとわかっていても、 織っている現場で買いたいと思うのが、日本人のさが。
わたしも、見ているうちについ欲しくなり、
気に入った柄の布を2枚買い求めて(もちろん思いっきり値切ってですが)
村を後にしました。 
次の日、再度村を訪れた際、グリンシンについての詳しい話を聞くことが出来ました。

 

 

 

 

 

 

 


聖なるバンヤン樹

 グリンシンとは、本来「嫌なことがない、困らない」といった意味をもち、
それを持つことによって、生涯の様々な不幸を軽減することができると、 信じられています。
正式なグリンシンは糸染めから織り上がりまで13年間もかかるため、
たとえ村人であっても、なかなか手にいれることはできません。

 グリンシンには赤、黒、黄色の3つの色が使われ、
それぞれヒンズー教の3神に対応しています。
すなわち、赤は創造の神ブラフマー、黒は維持の神ヴィシュヌ、
黄色は破壊の神シヴァです。

赤はスンティと呼ばれる茜から、黒は茜とインド藍を染め重ねたもの。
黄色はマカデミアンアッツのオイルで染めます。


グリンシン染め糸

 この”3”という数字は聖数として、すべてにおいてあてはめられます。
グリンシンの染めから織りの作業にかかわる人間も3人だけ。

村長、呪術師、そして、生理が始まる前の女性の中から選ばれた織り手です。
経糸は呪術師が、緯糸は村長が、
それぞれ、まったく別々に染めの作業を行い、
最終的に織り手がそれを合わせて織り上げます。
完全な分業制のため、誰も仕上がりがどうなるかはわからず、
13年たってはじめてどんな文様だったのかがわかるそうです。

経糸は陽ー男性原理、緯糸は陰ー女性原理を表し、
織り手は神の代理として、それを統合しパワーを与える役割を担います。

糸染めは満月の前後3日間の最もいい日を選んで行われろのみです。
その作業は、身を清めたあと、お祈りをしながら寺院の中で行われ、
それを部外者が見ることは一切許されません。
村長は染めの作業に入る前は、1週間断食し、
お祈りを唱えながら、ほとんどトランス状態で糸をくくっていくそうです。
染めの期間、糸は、夜の間は、それぞれ別のお供えをして、 寺院の中に祀られます。

 13年もかかる作業のため、 グリンシンは本来完全なオーダーメードのものです。
その人にとって最も良いとされる柄は、 生まれ月によって決定されます。

      1月は花の文様「チャンパカ」
2月はこれも花を表す「チャンプロン」
3月は草木の根を表す「パトゥントゥン」
4月は太陽を表す「タタラダン」
5月は白魔術と黒魔術を表す「ニャカンシアル」
6月は手をつなぐという意味の「ターリダンダン」
7月は神の持ち物である「チャクラ」
8月は甲冑を表す「コーダ」
9月は栄誉を表す「ピターラー」
10月は男性的なパワーを表す「ラーナン」
11月は猫の木という意味の「バウンチャギ」
12月はトゥガナン村そのものを表す柄「ルーベン」

それぞれの文様にはまるで人生訓のような、 哲学的な意味が隠されており、
一種の生きる指針のような役目も果たしているようです。
また、「プレンボン」という柄は、5つの文様が組み合わさった柄で、
いくつかの店でも見ることができましたが、
これも、本来はその家の家族の生まれ月の文様を組み合わせて 織るものだということです。 

生まれ月に属さない柄としては、
「ワヤン」という文様があります。
これは、中央に、トゥガナン村を表すスワスティカ(聖十字)、
その周りに村の四方位を守るサソリの柄、
さらにその周りに、シンメトリーに神々の姿が織り出してあります。
この柄は手間と時間がかかるため、
非常に高価なものだということです。

↑ワヤンの文様

ただ、なにぶん生産量が非常に少ない布のため、
これらの柄すべてを一同に見ることは不可能です。
唯一のチャンスは、例年6月から7月に行われる「ウダバサンバ」 というお祭りの期間です。
この期間、女性達はすべて秘蔵のグリンシンで正装するので、
興味のある方はこの時期に訪れるのがベストかも知れません。

 グリンシンの守護のパワーを手に入れるため最も大切なこと。
それは、織り上がった状態で、まだ経糸が切られていないことなのだそうです。
グリンシンは輪状に整経された経糸に緯糸を織り込んでいくため、
仕上がったばかりの状態は円形につながっています。

それを、持ち主の首にかけ、
村長か呪術師の立会いのもと、経糸を切る儀式を行います。
経糸を切った瞬間に、布のパワーが持ち主に流れ込み、
その人を生涯に渡って守ってくれるということです。
つまり、ギャラリーなどでハンガーにかけられて売られているグリンシンは、
すべて、誰かがパワーを手に入れてしまった後の抜け殻ということになる訳です。

 この事実を知って、昨日、まんまと抜け殻グリンシンを買ってしまったわたしが、
顔面蒼白になったのはいうまでもありません…;;
しかし、バリの神様が少しは情けをかけてくださったのか、
わたしが選んだ柄は、ちょうどうちのダンナと娘の生まれ月の柄だったのは、
不幸中の幸いでした。
こうなれば、わたしも織り手の端くれ、
経糸を全部つなぎなおして、再度パワーを注入し、
もう一度儀式をやり直したらどうかと考えているんですが…
やっぱ、ダメですかねー(^^;

これらのことは、すべてわたしが現地で聞き書きしたことで、
どこまで正確なものかはわかりませんが、
ともあれ、わたしにとっては非常に面白い体験でした。

バリにきてから、なんとなく地に足が着いていない気がしていたのが、
これを機に、バリのエッセンスに少し近づけたようで、
とても、うれしく思っています。

                       azusa@studio-tao 2002/1/30