月1回お送りしている、アジアの布をテーマにしたメールマガジン”アジア布通信”を
再編集したページです
アジア布通信 第27号より
さて、今回、次回にわけて、2002年1月に訪れた
タイ東北部、イサーンの旅についてお送りします。
■ イサーンはタイの東北部、
ラオスとカンボジアに国境を接する広大な丘陵地帯の呼称です。
赤茶けたやせた大地は、雨季には洪水、乾季には旱魃がおこります。
そのため産業を農業だけに頼る村部は開発が遅れ、
バンコクなど大都市への出稼ぎ者が多いところです。
実際、バンコクのタクシーで「これからイサーンに行く」というと、
懐かしそうに、「自分もイサーン出身だ」というドライバーに何人も会いました。
しかし同時に、この地方は
タイのシルクのほとんどを産出しているところです。
また、マットミーと呼ばれるタイ伝統の絹絣の産地でもあります。
わたしも、かねてから、一度はいってみたいと思っていました。
◇ 今回の旅では、移動手段はほとんど鉄道を使いました。
タイは鉄道網が発達していて、
なおかつインドあたりのように、いきなり6時間遅れなんてことも少ないので(笑)、
なかなか、快適な列車の旅が楽しめます。
イサーン方面への鉄道の路線は、
途中で、北、ノンカーイに向かう線と、
東、ウボンラジャタニーに向かう線の二つに分かれます。
今回、わたしが訪ねたのは、 東線のウボンラジャタニー、ナコンラチャシマー(コラート)、
そして、スリンです。
■ ウボンラジャタニー
バンコク中央駅ホランポーン駅を夜の9時に出発した列車は、
翌朝7時過ぎに、タイ東端の街ウボンラジャタニー(以下ウボン)に着きました。
ラオス、カンボジアの国境も、もうすぐそこです。
高原地帯だけあって、1月中旬の明け方の気温はかなり肌寒く、
沿線を歩く人はみんな分厚いジャケットを着こんでいます。
観光客はあまり訪れないところだということでしたが、
実際、駅で降りた外国人は我々とヨーロッパ人らしいカップルの二組だけ。
バンコクやチェンマイなどの観光地に比べると、
ほとんど外国人は見かけないといっても過言ではありません。
それだけに、行く先々でまったく英語が通じないのに あとあとまで泣かされました;;
このときも、市街の案内所まで行きたいというのを説明するのに一苦労。
イサーンの人達は、みんなとっても親切な人ばかりで、
どこに行きたいのか一生懸命聞いてくれるのですが、
悲しいかな、お互い相手の言ってることがわからない...
わたしのタイ語能力ときたら挨拶程度しかできない貧弱さ、
もっと勉強しとけばよかったと何度思ったことでしょう。
タイ語の辞書は必需品です。
ともかく、何とかかんとか行き先を説明し、
まずは情報収集ということで、ウボン市街にある”TAT”をめざしました。
TATとは、タイ政府が運営するの観光案内所のことで、
主要な街には必ずあり、フリーの地図や、ガイドパンフがもらえます。
イサーンでは、ウボン、コラート、コーンケン、
ナコーンパノム、ウドンタニーの各都市にあります。
イサーンの各TATが発行している カラー刷りの詳細なガイドブックは、なかなかの優れもの。
特に、タイ語と英語の併記してある地図は、
英語が通じない場所でも指差すだけでOKで、大変役に立ちました。
布の産地の情報も結構詳しく載っています。
宿に落ち着いてから、早速、街の探検にでかけました。
国境の街というと、どこか辺境のイメージがありますが、
ウボンはベトナム戦争当時は前線基地として栄えた街ということで、
道路も広く、かなり近代的な町並みなのがちょっと意外でした。
ウボンは特に質の高いマットミーの産地として有名です。
街のなかには何軒も高級絹織物のお店があります。
また、市場周辺の路上でも、周辺の村から出張販売にきた村人たちが、
天秤棒のカゴに手織りの布をぎっしり詰めて店開きをしています。
わたしが行った日は、たまたま街のフェスティバルで、
市内の公園で夜まで大きなバザールが開かれていました。
その中に、周辺の村々のマットミーのブースがあり、
織りの実演などをみることができました。
色は科学染料が主流のようですが、
渋い色目の手の込んだ絣は、 バンコクなどでもなかなかみることができない
素晴らしいものでした。
ほとんどがパーシンと呼ばれる巻きスカート用に織られるため、
サイズは90×180m程度です。
ウボンラジャタニーとは「蓮の王国」という意味で、
それにちなんだ蓮の花の絣模様が、ウボンを代表する文様です。
せっかく、イサーンに来たのだから、やっぱり村が見たいということで、
次の日、車をチャーターして、
ラオス国境に近いコーンチャム(Khong Chiam)国立公園というところを目指しました。
その近くにWoen Bukという村があって、 手織りのセンターがあるという話を聞いたからです。
ウボンからさらに東に100kmあまり、
途中でヒッチハイクまでして、
大変な思いをして訪ねたわりには、
ここはハズレでした;;
肝心の手織りセンターには、ほとんど人影がなく、
わずか1、2台の機に糸がかかっているのみでした。
イサーンの布の産地では、
農閑期のみ、織りの作業をするところも多いらしいので、
行った時期が悪かったのかもしれません。

■ ナコンラチャシマー(コラート)
ウボンをたって列車で約5時間、イサーン第一の都市
ナコンラチャシマー:通称コラート(以下コラート)に着きました。
ここは、もっぱら大規模なシルク工場が多く、
その中心がコラート郊外の村、パークトンチャイです。
コラートからは車で約30分くらい。
コラートのTATのすぐ向かい側から、パークトンチャイ行きのバスにのれます。
TATのお姉さんに、紙にタイ語ででっかく「パークトンチャイ!」と書いてもらい、
バスが来るたびにそれを掲げること30分…
さんざん、乗客のタイ人に笑われながらも、 やっとバスに乗ることができました。
コラートから村に向かう沿線に、工場直営のシルクショップが何軒もあります。
そのうちの一軒を訪れました。
工場の中は完全な分業制で、 生糸がシルクになるまでの全工程を見ることができます。

バクトンチャイのシルク工場
生糸は、ほとんどがスリン周辺から集められた
黄色の繭から採られた糸です。
荒いワイルドな感じの糸ですが、精練するとテロッとした、
タイシルク特有の光沢がでます。
それを大きな釜で次々染めていきます。
中庭には、染め上げられたばかりの
ピンクや紫の色鮮やかな糸が干されていました。
それを、糸巻きする人、織機にかけるために整経する人、
織機の筬に糸を通す人と次々に手渡され、
最終的に約20人くらいの織り子さんたちが手織り機で織っていきます。
ここで織られている布は無地のシルク地がほとんどでした。
こんな大きい工場もあれば、家族でやっている小さな工房もたくさんあります。
娘さんが店番をしている裏で
おばあさんがこつこつ織っていて、
そんなところの手織りシルクは
なかなか素朴でいい感じです。
コラートでは、毎晩小規模ながら
ナイトバザールが開かれています。
布や民芸品などはまったくありませんが、
屋台でおいしいイサーン料理を楽しめます。
また、市内のシルクショップには、
スリンやウボンの布も集まっているので、
ウボンまで行く時間のない方には便利だと思います。
次回は、この後訪れたスリンの手織りの村についてレポートします。