アジア布通信

月1回お送りしている、アジアの布をテーマにしたメールマガジン”アジア布通信”を
再編集したページです


手紡ぎタッサーの村 ヌアパトナ アジア布通信 第26号より


2002年のインドの旅はカルカッタから入って、 東海岸を南下するルートをとりました。
今回の布通信は、その途中に訪ねた、 オリッサ州の手紡ぎ手織りのタッサーシルクの村
「ヌアパトナ」のレポートをお送りします。


■  オリッサ州は、ベンガル湾に面したインドの東海岸にある州で、
古くから、絹絣のサリーで有名なところです。
中でも、ヌアパトナはタッサーシルク(野蚕)で織った サリーの産地として知られています。

まずは、情報収集もかねて、オリッサ州コナラクの太陽寺院
オリッサの州都ブパネシュワールに入りました。
ブパネシュワールは、かつては寺院の街として栄え、
今でも、40万の人口を抱える都市ですが、
訪れる観光客は少なく、
どこか田舎町の風情を残しています。

宿に落ち着いてから、
さっそく州の観光局を訪れました。
観光局では、
オリッサの地図やパンフレットがもらえ、
ツアー会社の紹介などもしてもらえます。
織物の産地についても詳しく教えてもらえました。
正直いって、この時点まで、 ヌアパトナの正確な位置さえ知らなかったので、
ここでの情報は大変役に立ちました。

■ 翌日、朝8時に予約していたツアー会社の車が待てど暮らせどこず、
連絡もとれないという、インドらしいハプニングに見舞われました。
そこで、急遽、泊まっていた宿に車を手配してもらい、
少々、予定を遅れながらも、ヌアパトナに出発しました。

マハナディ川ブパネシュワールからヌアパトナへは、
直線距離で40〜50kmなのですが、
途中、マハナディ川という大河が流れており、
橋を渡るために、かなり遠回りしなければなりません。
そのため、片道100km、
車で約2時間半の行程になります。

車は、白塗りの丸っこい車体で、
クッションがふかふかなのだけが取柄の、
インドの大衆車アンバサダー。
かなり年季のはいった車で、 ドアを開けようとしたら、取っ手がポロッと取れてあせりました;;
もちろん、クーラーなどはついていないので、 窓を全開にしての出発です。

■  最初の1時間は、かなり広いハイウェーを突っ走る、 なかなか快適なドライブでした。
緑豊かな平原で草を食む牛の群れ、 野に働く女性の、目にも鮮やかなサリーの色、
向こう岸がかすんでみえるほどの河の雄大な流れ…
万華鏡のような色を楽しみながら、 あっという間についてしまいそうに思えましたが…
そこは、インド、甘かった…。

河を渡ってから、道は農村部に入りました。
地図にも載っていないような小さな村々を結ぶ、ほとんど一車線しかない道路です。
アスファルトは所々穴が開き、ダートがまじり、そこかしこに段差があります。
そのたびにブレーキをかけて、よけたり、止まったりしなければなりません。
また、ただでさえ狭い道に、 自転車や、バイクや、リヤカーや、牛やヤギの群れや、
中途半端な時間に登校している空色の制服の小学生の列などが、
ひっきりなしに行く手をふさぎます。
その上、朝10時をまわると、気温はすでに35度以上。
窓からはいる風は熱風と化し、みるみる体力を奪っていきます。
メインロードにぺプシを売る雑貨屋が並んでいるだけの村々を、 これでもかというくらい通り過ぎ、
やっと、ヌアパトナについたときには、全員へろへろになっていました。

■ ところが、やっとついたヌアパトナは、他の村々となんら変わりないたたずまい。
ほこりっぽい道路沿いに、果物や飲み物の屋台が並び、 熱気の中にクラクションや排気ガスが充満しています。
なんとなく、”静かな手織りの里”といったイメージを勝手にいだいていたわたしは、
ホントにここなの??という感じでした。

さて、村に着いたものの、どこに行けばいいのやらわからず、はたと困っていたとき、
急にドライバーが車を止めて、窓からなにやら叫びだしました。
そして、近寄ってきた若者と、ずいぶん親しげに話しています。
なんでも、彼はドライバー氏の友人で、この村在住だとのこと。
そこで、急遽、彼が一緒に車に乗り込み、村を案内してくれることになりました。

■  彼の案内で、村のメインロードから折れて、長屋が続く細い路地に入りました。
このあたりが、全部タッサーを織っている家だということです。
他の民家と違い、ここの家々は独特なつくりになっています。ヌアパトナ民家

壁は赤土で塗られた赤銅色の塗り壁で、
その上に白の塗料で、
蓮の花や宗教的な吉祥文様が
一面に描かれています。
強烈な日差しを避けるためか、
入り口は小さく、
脇に木の観音開きの窓がくり抜いてあります。

中はひんやりした土間になっており、
入ってすぐに、織り機が据え付けられています。
太い材木で削りだされた織り機の枠組みは、直接土間に打ち込まれて固定されています。
足で踏むペダルの部分は、掘りごたつのように土間をくり抜いた地下にあり、
織り手は土間の床に座る形で作業をします。
灼熱の地で、少しでも涼しく仕事をできるような工夫でしょう。
大抵の家では、入り口の両側に向かい合う形で、 2台の機が置かれていました。



サリー織り機■ ここで、織られているサリーは、
タッサーシルクの絣がほとんどです。
野生の蚕の繭からとれるシルクなので、
色は均一ではありませんが、
その自然なグラデーションに何ともいえない味があります。
肌触りは麻のようにさらっとしていて、
薄く透けて羽のように軽いシルクです。

 

サリーは、両端にのこぎり型の色のボーダーが入り、
白地の中央部分に花模様の絣柄を織り出したデザインが多く織られていました。
糸の染色に2ヶ月、一枚織リ上げるのに約10日かかるということです。

家の奥では、おばあさんが、糸巻きをしており、
外では、おとうさんが絣糸のくくり作業、
子ども達は織り上がったサリーの幅だしのため、布に水を刷いています。
とにかく、家族総出で、織りの作業をしているのが印象的でした。

■  ここは、すべて個人のお宅なので、中まで入らせてもらうのは、 なかなか勇気がいります。
しかし、ここで、ドライバー氏の友人が大活躍。
彼は村の人なので、ご近所感覚でどんどん奥まで入っていって、 いろいろ見せてくれて、とても助かりました。
彼は結局最後まで4時間以上我々に付き合ってくれたのですが、
インド流に別途ガイド料を請求するのかと思いきや、
お金どころか、ペプシ1本さえ受け取らず、
最初と同じように、村の入り口で風のように下りていきました。
なんでもお金に換算することの多いインドで、 とっても、爽やかな印象でした。
いい友人を持ったドライバー氏にも感謝でした。

■  さて、この村では、タッサーの糸紡ぎからしていると聞いたのですが、
村の中ではその作業を見ることはできませんでした。
聞けば、どうやら糸紡ぎの時期は終わったらしく、 トレーニングセンターというところでしか見れないとのこと。

オリッサ州産業促進センターそこで、今度は村はずれにある、
オリッサ州立の産業促進センターに
つれていってもらいました。
センターには、糸紡ぎから染色までの、
かなり近代的な設備が揃っていて驚きました。

ここで、繭を煮出して、
糸を取り出す作業を見ることができました。
小粒の繭から細い細い生糸が
面白いようにするするとでてきます。
繭には、白、黄、緑の3色あり、
すべて、オリッサの山岳民族の人々が生産したものを集めてくるそうです。
センターの人に、気になっていた植物染めの織りについて聞いてみると、
残念ながら、染めはほとんど科学染料だということでした。

■  他にも、村のなかには、州立のサリー直売店をはじめ、
何軒かのサリー屋があり、
ブパネシュワールなどよりは他少安くサリーを手に入れることができます。

それにしても、周辺地域で唯一この小さな村だけが、
手紡ぎ手織りの伝統と今だ残しているのは不思議です。
古代東インドでは、タッサーシルクは聖なる布とみなされて、
特別な祭祀の時に身につけるものだったとか…
この村の人々も、かつての神にささげる聖布を織る一族の末裔なのかもしれません。

■ 取材を終えて、ますます、ヒートアップして
灼熱地獄のようになっている田舎道を帰路につきました。
蒸し風呂のような車内で、 こんなところまでわたしの物好きに付き合わされる
ダンナと娘もいい迷惑だなーと深ーく反省しながら、 爆睡しました(^^;

Azusa Fukushima 29.MAR.2002