月1回お送りしている、アジアの布をテーマにしたメールマガジン”アジア布通信”を
再編集したページです
〜アジア布通信 第5、6号
より〜
先日地元ののギャラリーで開催中だった ”ラオスの布展”を見にいってきました。
草木染めの柔らかな色の絹で精緻な模様を織り出した布の数々が、
春の光に映えて、とてもステキでした。
ここでは、2月にラオスの旅から戻ったばかりの
徳永千絵さんの現地レポートを中心に
”ラオスの布”を特集します。
ラオスは、インドシナ半島の内陸部に位置し、
中国、ヴェトナム、カンボジア、タイ、ミャンマーの5つの国と国境を接しています。
日本の本州ほどの国土のほとんどが山岳地帯で、
そこに、70あまりの少数民族が暮らしています。
GNPは1人あたり350ドル、世界最貧国の一つに数えられる国です。
しかし、その染織工芸の伝統とレベルの高さは、世界に名だたるものがあります。
技法も、絣や紋織り、すくい織りで裾模様を織り出した布など、バリエーション豊富です。
去年の6月と今年2月にラオスに行った時にみたラオスの織物 について
私なりにお伝えしたいと思います。
去年の初ラオス訪問では、ボランティアをしている知人の案内で
ラオス東北部、ベトナムとの国境に程近い
ホアパン州のシェンコー郡 シェンコー村へ行きました。
まず飛行機でホアパン州の州都 サムヌアへ飛び、サムヌアの市場へ 行きました。
そこでは町行く女性(子供も含む)のスカートに目を
奪われました。
かなり多くの人が 手織りの”シン”と言われる 巻きスカートを着ていて
どれも本当に美しいのです。
模様も色もさまざまで、想像していたよりも落ち着いた色合いは
日本人の感覚にも合っていました。
しかもそれらを着ているのはごくごく普通の人びとで、
ちょっと薄汚れたような(失礼な表現ですが。。。)子供が
素晴らしい手織りのスカートを着ているのは、
手作りのものが貴重になった日本では考えられない光景でした。
後日知ったのですが、このサムヌア地方はラオスのなかでも
細かい模様の織物で知られているそうです。
市場で見た織物では日本のこぎん刺繍に良く似た、
ひし形をモチーフにした繊細なものが目につきました。
その市場で機織りしている女性は
1枚のシン(総模様のもの) を織るのに2週間かかると言っていました。
サムヌアからさらに100キロの道のりをバイクに乗って
シェンコーへ向いました。
最初の10数キロ?を行くと鋪装は無くなり、
赤土がむき出しの ボコボコ、クネクネの山道になり5時間ほどかかりました。
ローカルバスに乗ると13時間近くかかるそうです。。。
美しい棚田がずっと続いて、
少数民俗の方々 (モン、ヤオ、黒タイ、赤タイ族など)の
小さな集落が2〜3キロ
ごとくらいに点在し、
お尻の痛いのも忘れて見とれていました。
外国人は非常にめずらしいらしく、
どこを通っても道行く人や 外で遊んでいる子供達がぼ〜っとこちらを見続けていました。

>>そこで働く外国人ボランティアの方々が「スイスのようだ」絶賛する(?)
山々の連なりと、高い空に白い雲です。
夕暮れ時、暗くなっていく景色の中、 鈍い輝きを放つ真っ白な雲海は、
何とも言えず幻想的でした。 <<
やっと辿り着いたシェンコーでは、あちこちで高床式の家の下に
ある織り機で
、おばあちゃんや娘さんがせっせと機織りをしていました。
織り機はそこら辺で採って来たのかな?というような竹や木を 組んであって、
糸を吊るすロールにプラスチックの糸巻き
(と言うのでしょうか?よくミシン糸が巻いてあるものです。) が使われていたりで、
織り機事体が工芸品と言った感じの
日本の精巧なものとは全く違いました。
これなら、縦糸を通すクシのようなパーツさえ手に入れたら
私も日本に帰って織り機を作れるのでは。。。
と思ったほどおおらかな作りに見えました。
私が見た時は、シンと言う 女性の巻スカートにする 幅1メートル長さ1.5メートルくらいのものや、
幅10cmくらいで巻スカートの裾につけるものが織られていました。
ある家で機織りの風景を見せてもらって写真を撮っていたら、
おばあちゃんが糸巻きを使って見せてくれました。
すぐにシャッターを切ると、 「ちょっと待ちなさいな。 もっといいポーズとるから」。
人びともとても素朴で おおらかでした。
おばあちゃんの織っていたものは 紺の木綿のかすりが
ベースになっていて、
そのかすり模様を囲むように何色かの絹糸(?) を
まるでチロリアンテープを格子状にはったような感じで折り込んだものでした。
(象や花などと思われる小さなかすり模様が 規則正しく並んでいて
それぞれが格子模様のなかに配置されている のですが。。。分り辛いですね。)
>>シェンコーの 
糸巻きのおばあちゃんです。
写真を撮らせてと言ったら、
「いい服に着替えてくるから待っててね。」
と このシンを着てきました。
かなり着古した感じですが、
色が落ち着き、織がしなやかになっていて、
新しいものより美しく思いました。
細かい線模様の小さな枠の中に
絣模様が入るのですが、
このシンに絣模様が入っていたか
忘れてしまいました。
写真だとわからないですね…
新しいものも見せてもらいましたが、もっと色が濃く模様がくっきりしていて、頑固な感じでした。
その木綿の糸は太めで、
素朴な味がありました。
新しいものは 少し頑固な感じですが、 使われるうちに柔らかくしなやかになって
ますます味がでて 個人的には古いものの方が
素敵だと思いました。
後で聞いたのですが、1990年くらいまで
その辺りでは 綿を栽培して、、、と言う所からやっていたそうです。
種を取って、しごいて(これは大変な手間がかかる作業だそうです) 紡いで。。。
で、森に行って4時間5時間かけて木の葉や実を拾って 糸を染めて。
90年くらいから外国の染料が市場で手に入るようになったそうですが、
それは化学染料のようで、染めた直後は天然のもの と同じような黒に染まるのですが、
天然ものは何度も洗ううちにブルーになっていくのに
市場で買ったものは黒いままです。
織物のベースになる糸を染めるその染料は、
ラオ語でパオと呼ばれる木の葉を 1週間ほど水につけたのと
ティウもしくはグアハーと言う木の皮を煮出したものを合わせたもので、
何度も浸せば黒くなり、少しだけなら紺になるそうです。
藍でないのかな、と思いましたがその植物のラオ語名しか分らなく
藍についても良く知らないので良く分りませんでした。
また 私がお話を聞いた方(シェンコー郡にある低地ラオ族の村の方) によると、
女の子は10歳くらいから 糸つむぎをなどからお母さんのお手伝いをして
だんだんに織方を覚えるそうです。
彼女によると、織り模様は好きなように好きなものを 好きな色で織るのだそうです。
特に伝統に固執してる訳ではないんですね。
ただ新しい情報がほとんど入らないような所ですから、
だいたいどれも似た感じになるようです。
モチーフには 象、人、馬、鶏、蝶、鹿などが 良く使われるそうです。
もちろん 地域、民俗ごとにもそれぞれ特徴があるそうですが。
余談ですが、ラオスでは織物は女性の仕事らしく
織物をする男性はオカマと疑われるそうです。
彼女の村には織物をする男性がいて、 やはり結婚前はそう思われていたそうですが、
結婚して子供を3人持つ今ではそのように思う人もおらず、
今でも彼は織物をしているそうです。
そんな状況のなかで織物をするくらいだから 才能のある人のようで、
ちょっとやそっとの女性では 彼の織物にかなわないそうです。
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*2000/4/5*(c)Chie
Tokunaga